Speak

不意打ち!ボクからの。。お返し。。ちょい早っホワイトデー(爆)

投稿日:

忘れないうちに皆様にお礼とお返しを。。。←忘れるなっ

今日はバレンタインデー!!



そして。。連日の暖かい皆様からのメッセージ。←(皆様も確実に文面が長くなっている(爆))

しかし。。ホント有り難い事です。(ペコリ)

これまで掲示板に書き込めないでいた方も。。
最近では海外からも書き込みが。。。(涙)

本当に。。。サイトリューアルの甲斐があったというもの。

嬉しい限りなのだ嬉しいA君も喜んでくれている(良かった(微笑))

 

でっ!今日は、本当に忘れないうちに沢山のチョコと皆様へのお礼にと。。

蔵出し。。。奮発!必殺仕事人 組紐屋の竜誕生にまつわるエピソード1←(又やっちまった(汗))を、少し早いボクからのホワイトデーとして。。←ホントに忘れっぽいボク

お返しとして。。。こんなプレゼントを考えたのだ。

 

そして。。これを早く書き終え。。。今日こそ早く寝るっ(爆)

暫くは。。。長文は休ませて貰うかも?

 

あくまでボクの事だからカモなのだが?

 

又、思いついたら一生懸命←(なんでそんなに全力投球?(爆))

今までのSPEAKを。。読み直しておいてくださいなりね~。。

結構、中身濃かったでしょ?(爆)←ホント!かなり頑張った!

 

 

 

 

本邦初公開

 

映画、テレビ等には衣装テスト。カメラテストなるモノがある。

まだ、銭形平次の魚屋善太を演じている最中の事。(22歳)

ボクの師匠、大川橋蔵親分(八犬伝への出演を大変喜んで下さった)の意見も取り入れられ。。

親分は、「京ちゃん、コーディネートはボクに任せなさい。。犬塚信乃は、ボクの当たり役、新吾十番勝負の葵新吾みたいな扮装、カツライメージで演じればいい。京ちゃんには絶対合うっ←(後に本当に新吾を演じる事になるのだが)京ちゃん!扮装はボクに全部任せなさい!!」

そう言われ。。全部親分の指示により(実際、衣装部、結髪部に指示をしに来て下さった)、ボクはホントに全部お任せで。。カツラ合わせ。。。衣装合わせを行っていたのだ。。(大川橋蔵先生は、なんせ東映の大大御所なのだ!!)

そして。。深作監督、角川春樹さんの新里見八犬伝には現代風味という意味合いを取り入れつつ。。

テストは何度も続いた。

カツラには東映結髪の鳥居さん(当時、社長さん)←(後の市蔵、名張の翔も、東映作品はこの方が担当)の意見、アイデアが多分に採用され。。

前髪には何と!!紫のメッシュ(うわっ!!メッシュ!!??)

そして。。最初はボクの前髪の部分が。。(汗)

まるで、、、ビーバップハイスクールの様に

リーゼントみたいに。。(汗)クルッと大きく渦巻き状に突き出ていたのだ。

流石に。。ボクの心の中は。。(汗)

 

??????(大丈夫?これ?)←ド新人(何も言えないボク)

確かに、その新しさは分かるが。。(汗)

 

ちょっと行き過ぎてないかな鳥居さん(汗)?と思うボクの心の中を察して下さったのだと思う。

すかさず。。深作監督が鳥居さんに言った。。

 

 


「全体的にはいいが。。メッシュもいいアイデアだ!!
でも、ちょっと、リーゼント部分が京本君には大きすぎるな~」

 

すると、、鳥居さんが。。。

「あっ!!!
そうですかっ!わかりました。。。。。」(アッサリしている)

と、大きく渦巻いていたリーゼントの前髪の部分に本当に無造作にハサミを入れたのだ。バッサリ!!パツンと。。!!

瞬間、前髪が。。。パラっと落ち。。。。。。。

皆が一声に。。。「いいじゃん!似合うねえええ!いい感じだ。」

ボク。。。「そう???????」

 

そうなのだ!

あの前髪パラリ。。ちょっとカーブ(アニメ的)は。。。当初、こんな偶然から始まったのだった。。

 

それが、後の現在にまでも語られる(爆)←自分で言うなっ

ボクの代名詞のようにもなってしまった。。。

前髪パラリ。。。組紐屋の竜カツラ(京本結い)←(大衆演劇ではそう呼ばれているらしい。)

 

本当の名称は。。里見八犬伝の信乃のカツラを土台に現在まで。。

 

ボクが竜の為に描いたスケッチを元に、ボクと八木カツラの八木光彦さん(ボクのカツラをその後から現在までもずっと。。担当して下さっている)で、その後。。改良改良、、お互いアイデア アイデアの出し合いをし。。。。。完成!

現在に至るのだ。

まこと。。。。偶然から出た賜物とはこの事だと思う(微笑)

本当に、、橋蔵先生、深作監督、鳥居さん、光ちゃんには

感謝感謝なのだ!!

 

 

 

 

おやすみなり~←(まだ夕方、移動中だけど(爆))皆さん、ありがとね!!

 




見た事ない写真だと思う。扮装テストだ。前髪を切った直後。
言っておくが、白塗りも(*腕を見れば分かる。)、それと口紅も塗ってない(爆)←地だっ!

 


珍しい後ろからのショット。貴重だと思う。

 


ご存知、組紐屋の竜。。パイロット版とも言える
大利根ウエスタン月夜、必殺スペシャルのロケ中風景だ。

 

 

Speak

あの頃の僕は。。。やっぱり高校教師だった。

投稿日:

うわっ!

そうか。。。又この時期が来たのか(笑)

お正月が過ぎ。。誕生日(ボクは1月21日)←わざわざ言うな

が過ぎたら。。。毎年、、すぐに

バレンタインデーが来るのだ。

紀姫(藤原紀香ちゃん)から。。

昨日、京さま~明日はどちらにいらっしゃいますか?
届けたいものがあります~(微笑)

と、わざわざ連絡を頂いた。

あれ??何を届けてくれるんだろう??←すぐに気付いていないボク。。。。

本日。。無事にボクの手元に届きましたのだ。

ありがとです!!毎年毎年。。本当に紀姫からのチョコラブ

本当にお心遣いに深く感謝なのだ!!(ペコリ)


そして。。ボクの事務所宛にもファンの皆様からの沢山のチョコが届いているとの連絡。。。ハート

本当に50歳にもなって。。(爆)ありがとうございますです。

でも、幾つになっても、たとえ。。それが義理チョコであろうとも。。(笑)

男は嬉しいものなのです。。。本当にありがとうございます。(微笑)

 



で、本題のあの頃のボクは。。。パート2ですが(汗)←あっ!やっちまった。。。。。冷や汗禁断の。。

いやあああああ。。。←昨日は又かなりの大作、長文を仕上げ(爆)
色々と思い出したら、書かずに居られなくなったのだああ。

しかし。。。毎度言うが。。正直、読むのも大変だろうが。。

書くのは、かなり大変だ!!←最近の決り文句

だから。。今日は休もうか?と思っていた。←本心(爆)

だが。。。。。。本日もだ!

本当に、、、逢う人逢う人に。。。

 

必殺!観ましたああ。

高校教師観ましたああ。。。

ホントに変わりませんね~(微笑)。。。本人←(汗)

今日も。。そればっかりだった。。。。(爆)

朝日放送携帯サイトでは、本人オススメの組紐屋の竜、殺しの名場面、三部作。(後はどんな?)

第一弾の動画がダウンロード開始になり(←正直、かなりの画質で驚いた)

テレビでは高校教師が再放送され。。

いったい!!どうなってるんだ????



という事で、、この事を思い出した。

 

1993年、高校教師

まさに撮影真っ最中!。。。

その日はバレンタインデーの日だった。

 

 

日向女子校のロケ。。。まだ、4話あたり?の撮影中だったと思う。

真田広之(羽村)先生と赤井英和(新庄)先生、

そしてボク(藤村)は女子校に見立てた千葉にある、

とある女子短期大学の校長室に居た。←ボクたち三人のロケ舞台である学校での控え室は、校長室をお借りしていた。。。。(ペコリ)

もう、テレビでは第二話の衝撃のあの名?シーンが放送された直後だった。。。

ボクは。。。世間の自分が思っていた以上の反響に、、少し????

動揺の境地←(本心だったと思う)が。。なるだけ明るく振るまっていた。←大概、いつも明るいが。。。(爆)

男三人寄ればナントやらだ??(笑)←女性もそうだろうが(爆)

外には、その日は女子校のシーンなので。。女学生役の生徒大勢。

 

控え室

(三人)今日、バレンタインデーなんだね~と。。他愛ない三人の会話が流れる。

(藤村先生)いやあ、、先週の。。あの(汗)シーン観たら。。←(あの衝撃シーンだ)(苦笑)いくら、組紐屋の竜でも(爆)

ボクにはチョコは来ないよね~あははっ(汗)←内心。。動揺

(羽村先生)いやああ、先生、そんな事ないですよ~。大丈夫大丈夫。

(新庄先生)そうですやん、藤村先生、大丈夫ですってえ!!

(藤村先生)。。。。。。。←何かボクに同情の声??(心のつぶやき)

その時、、、校長室のドアが。。コンコンと、、、、

(三人)は~~い、、と、(一斉に返事)

(女学生役の生徒三人)先生にチョコをお渡ししたいのですが。。。。

(三人)どなたにですか~????(声が揃っている)(爆)

(女学生三人)一斉に声を揃えて。。。藤村先生にです~

(羽村、新庄)良かったじゃないですか~藤村先生っ

ほら、やっぱり大丈夫でしょ(声を揃えて)

 

そして。。。ボクは三人の女生徒から義理チョコを手渡され。(照)。。

(嬉しかったが、二人から良かった良かったと言われる度。。ボクは本当に大丈夫なのか??京本政樹はこれで良いのか?

この役を引き受けてしまって。。ボクはいったいこれから?(汗)

 

 

 

 

 


あの時のボクは。。。。。16年後。。

いやっ。。それから10年後も同じ高校に藤木直人君と二人で居たのだ。

こんなに月日が経ち。。まだ、藤村先生!高校教師!!

ついでに(いやっ別についでではないが(爆)組紐屋の竜!必殺仕事人!!等と言われる事など。。。

考えてもいなかったのだ。。。。

あの頃のボクは。。。。。。。。

 

おやすみなり~

 

 

 

 

 



皆さん!本当に熱いメッセージありがとうです。


ラセツナスタッフの皆様、A君!!


風に舞い上がれ!!←(全くの、それこそ爆ですが。。)


ありがとう!!


恥ずかしながらの20歳過ぎのボクの殆どデモテープのような録音、弾き語りですが。。。


30周年の現在(いま)本当に良い記念ですなり~


恥はかき捨て。。世は情けなのだ~


笑うやつは笑えっ(爆)

Speak

Discography。。。。ボクと音楽。

投稿日:

必殺仕事人当時、ボクは。。「哀しみ色の・・・」という

挿入歌を自作し(作詞作曲)、歌っていた。もしくは、先日SPEAKで書いたように

鮎川いずみさんの歌った。。「女は海」。。。という
必殺仕事人V 激闘編の主題歌の。。実はボクが作詞作曲、編曲プロデュース(時に大谷和夫さんと共同アレンジ)活動をしていた事は。。

正直、あまり。。いやっ、あまりどころか全然(爆)世間には知られてはいない。(苦笑)

デビュー初々しい当時のボクの写真などを目にすると

本当にボクは。。。例え時代劇の扮装をしていてもギターを持っている。(笑)



 

そうだった!ボクは。。。とにかく、俳優志願と言うより
まして、、時代劇俳優を目指すというより。。

シンガーソングライター。。。。いや、シガレットライターではない(爆)

歌を自作して歌う。そしてレコード(当時はCDではない。。(爆))
を出す。。。。
本音を言えば。。。
どちらかというと井上陽水さんや小椋佳さんに憧れていたボクは。。歌を歌いたいというより。。。。

 

作りたい!音楽プロデューサーになりたい。



というのが、、、当時のボクの本音。本当に目指す道であったと思うのだ。。。
故に。。。新人俳優として、時代劇の現場に行かされようが。。
たとえ、舞台の楽屋に閉じ込められようが。。。寝ても覚めても
とにかく、ギター!ギター!ギター少年のボクだった。。。。。(笑)
よく、先輩の諸俳優方から怒られたものだ。(爆)
そりゃあそうだろう。。
台本を片手にお芝居を真剣に考えておられる大先輩の元に。。。
ジャカジャカとギターをかき鳴らし大声で歌を唄い、
歌を作っているボクの歌が聞こえてくるのだ。。いったい?何を考えてるんだアイツは?という思いだったではないだろうか?

 

 

しかし、本人はいたって前向きだった。←マイペース(爆)



本人はミュージシャンになりたかったのだから仕方がないではないか。

 

置かれた自身の現状(時代劇)など何も気にはしていない。。
まことに呑気な駆け出し俳優が、そこには居たのだ。。。。(汗)
ホントに今考えると実に冷や汗ものだ

 

しかし。。。。



ただひとり。。。

京ちゃん!いいねえ~」

「今度、細川たかしの矢切の渡し(当時大ヒット中だった)みたいなの作ってみてよ(微笑)」

そう言って下さった方がボクのすぐ側に居た。。。

 

 

大川橋蔵さん。。。

 

思えばこの方が居なければ。。この方に出会う事がなければ。。。

 

必殺仕事人も、、、組紐屋の竜も。。。居なかった。藤村先生もだ
こうして、皆様と出会う事もなかったと言い切れる。

 

人生最大のボクの師匠、恩師である。

 

はい!!!親分(ボクは橋蔵先生を、そう呼んでいた)

 

明るく答えたボクは翌日には、こんな曲を親分に持っていった。
親分は???????っと言った困った顔をされた。
そりゃそうだ!!!演歌などと言うものを作った事のない
ボクは。。矢切の渡しのフレーズ。
連れて逃げてよ~♪からヒントを得て。。。
Take Me Away(連れて逃げて)なる、横文字タイトルの曲を作ってきたのだから(爆)
正直、演歌どころか。。橋蔵親分には?????だったのは間違いない。(爆)
ある時、親分のひと言で。。善太主役の回を作ろう!!

 

ボクは。。。その頃、大川橋蔵さん主演のテレビ映画
銭形平次に魚屋善太としてレギュラー出演させて頂いていた。
まだ。。。必殺どころか、里見八犬伝にも出会っていない。
レギュラーではあるが、当時、ド素人もいいとこの
本当に駆け出し俳優時代。ド新人時代だ。
橋蔵先生から、時代劇メイク、所作、台詞、殺斬。。。
とにかく、手取り足取り、、全ての事を教わった。

 

本当に大変な財産を頂いたのだ。感謝感謝だ。(涙)

 

又その事については。。。。(微笑)←言っておくが第二章とはボクは言っていない←(爆)
今日触れたかったのは。。。親分のひと言。
つまり。。ボク扮する善太主演の回で..(先日、CS時代劇チャンネルで放送があったそうだ)
「挿入歌を京ちゃんに作らせて、唄わせたら?」
その親分のひと言が。。。今のボクを形成する大きなきっかけになったという事実だ。

 

ボクに挿入歌????主題歌は舟木一夫さんの唄う名曲

 

銭形平次だ。

 

ボクはというと。。。まだ、レコードデビュー前。。。

レコード会社すら何も決まっていない(と言うより。。決まっていた会社を飛び出した状態。。この話も、またいつかだ??(笑)
台本を読み、、、遠藤太津朗さん(万七親分)の台詞。。

 

「善太の野郎!女にうつつを抜かしやがって。。ホントこのところ舞いあがってやがる。。。」

 

ここから、ボクは 風に舞い上がれ!という

 

のちに。。。未だレコーディングもCDにもなっていない作品を書き上げ。。。。

ホントにかなり舞い上がっていたボク。←時代劇なのに、銭形平次なのに。。あんなに爽やかな楽曲を。。。(汗)

良く放送出来たものだ(爆)

 

その曲を何と!。。。当時、レコード会社にも所属していなかったボクは。。東映京都撮影所のアフレコルーム(エコー、リバーブなど、、何もない!ほぼといより、全くない!!(爆))

 

そこに。。ボクの音楽の友、大親友のノア(堀口ノア)と、当時大阪音大を卒業し、フルート奏者をやっていたボクの姉に来てもらい。。。

(余談だが、姉の後輩がボクの小学校4年から6年までの同級生で、いまだに仲良くしている(笑)。そのお子さんが。。。なんと!女優で音楽家の松下奈緒ちゃんだ)

 

三人でレコーディング(とは、言えないかも??)をした記憶がある。

 

 

もう??28年か?前の出来事である。


(万七親分(遠藤太津朗さん、もう一人のボクの大事な師匠だ)に出来上がったばかりの曲を聴いて頂いているボク)

 

過去のスピークにもこの事は軽くではあるが触れてあったし。。

DiscographyにもTake me Away(何故?これは後にレコード化しているのだろう?)があったのでこの事を思い出した。

 

ド新人が作詞作曲編曲をし。。。挿入歌。。今なら絶対実現は行政的(芸能界の)にも不可能な出来事だ。しかも、劇中挿入曲までアレンジをしたのだ。。。(汗)

 


この体験があったからこそ。。。
銭形平次を卒業後の本格的レコードデビュー。。。
新人なのにいきなりアルバムデビュー、全作詞作曲の
文字通り。。。シンガーソングライターに!!
無名の時代劇俳優が。。いきなりシンガーソングライターになったのだ。
俳優がシンガーソングライター!!
今ではボクの親戚の徹平(小池撤平)
福山(福山雅治)君と。。。。結構、俳優とシンガーソングライターの二足の草蛙を履いている若者はそう珍しくはない。

 

 

ボクの時代は。。。。しいて言えば、加山雄三さんと寺尾聡さん、、、本当に珍しい事だったのだ。

 

ひとつ言える事はボクは。。。
どちらかと言うと。。。バラード系、ロック系。。
所謂、ニューミュージック系の音楽を志して無心に書いていた。
演歌。時代劇向きな曲を目指していたボクはどこにも居なかったのだ。
その後。。。多くのアルバム、シングル。。ライブにコンサート
日比谷野外音楽堂までのステージを行って来た。

3000人コンサートだ!!


(必殺卒業後、東京日比谷野外音楽堂、京都円山音楽堂コンサートの証拠写真)←どこに行ったのか?この目撃者の方々は(爆)

しかし。。。ファンの方はご存知なのは嬉しい事だが。。(ペコリ)

一般の方は殆どその事実を知らない。(汗)

あの3千人以上のお客さんはいったいどこに??(笑)

いやっ。。今でも応援して下さる皆様のことではない。。。
皆様には大変感謝しております。(ペコリ)

デビュー時期のビクターインビテーションレーベル(サザンとボクは、ほぼ同期であった)(←ビクターの中。隣同士に部屋があった。)でのボクの
キャッチフレーズ(当時は必ずこう言ったものがあった)

 

シンガーソングアクター!!!

美しい分だけ余計にワル!!



なんじゃ??それ??シンガーソングアクター??←だからシガレットライターではないのだ。(爆)
ライターはどこに行った???ボクは心でつぶやきながらも。。
ド新人。。何も文句など言える訳もなく。。。。心の中でブツブツと。。。(笑)
そのデビューアルバムから必殺仕事人出演への運命の布石となる。。

京都マル秘指令ザ新撰組主題歌 I Can’t Say…がシングルカット
(ボクは意外にも(爆)主題歌、挿入歌、劇中音楽を担当している。最近では牙狼(ガロ)等々。。。とにかく、色々だ。

だが、世間には、ほぼ知られていない。。。(汗)

主題歌として採用された。そして。。劇中音楽全16曲作曲。(この時ボクはまだ23歳)も担当。

銭形平次のお陰で、難なく大役をこなせたのだ。

体験と言うのは強い布石、味方だ。
そして。。続いて、必殺仕事人挿入歌 哀しみ色の作詞作曲。歌を担当。
翌年、藤田まことさん、鮎川いずみさんの後押しもあり。。
(これは、その前年の京都南座で鮎川さんにお願いをされ。。書き下ろした曲、女は海。。)
それを必殺祭りと称した一ヶ月公演で鮎川さんが唄って下さったのを藤田さん、プロデューサーの方々が聞くうちに。。

 

次の激闘編の主題歌はこれがいい!!
と、なっていったのだった。

 

当時はボクはまだ24~25歳。


本当にボクにしたら。。キョトン??とした出来事だった。
あっ!藤田さんには京本君、俺にも、こんな曲書いてえな!
タイトルは出来てんねん。Love Is Afternoonという
タイトルで書いてえな!!
南座舞台最中の舞台袖での他愛ない会話であった。
必殺卒業後、ボクはLove Is Afternoonを書き上げ、
レコーディング。藤田さん原案としてご報告のお電話を
入れさせていただいた記憶がある。

(注)ヨン様の冬ソナのテーマに酷似しているが、ボクはこの曲を27年前に発表している。そして。。当時からボクは京さまと言われていた(爆))←笑っている場合ではないが笑ってしまう。あははっだ!!←ヨン様返し~だ!(爆)

 

プロデュ-サーの方から。。。竜。。。ついでに激闘編の劇中音楽も頼むよ!!!

あっ!ついでに、必殺仕掛人(仕事人ではない)の名曲、平尾先生の荒野の果て。。。や、旅愁。
後、やがて愛の日々も。。。

 

現在の必殺の軽快なアップテンポにアレンジしといて。。。。荒野の果てはモノで当時録音したままやから。。新アレンジ、ステレオ録音で派手に頼むわ!!!
そんな風にボクは頼まれ。。23~24歳のボクにポンと製作費を手渡され。。。。うわっ!どねえしよ←何故に小浜弁?

 

とにもかくにも、持ち逃げなどはせず。。(笑)←竜、逃げるはシャレにならん(爆)
ボクの音楽の師匠と言っても過言ではない、故人 大谷和夫さん、そして、やはりボクの音楽の友。
大親友のノアに相談を。。。
スタジオ仕切り、ミュ-ジシャンの手配を
手伝って貰った。ボク等はもちろん。。。ノーギャラだった。(爆)
大雪の降る日。。。全60曲もの劇中録音をした記憶がある。
完成したオープンリールテープ(当時はテープ)を両手で抱え込み
音源を京都に届けようとスタジオを出た途端、地面が雪の為に凍り付いていて。。
見事にボクは転んだのだ。

 

イテえ!!!!しかし、テープはしっかりと両腕の中、無事だった。(爆)
あっ!参加して下さったミュージシャンの中に。。平原綾香さんのお父様も参加して下さっていたのだった。
もちろん、その時は綾香さんは??もしかして?まだ生まれていなかったのでは??(爆)
もう一つ、ボクの想い出、こぼれ話と言うならば。。次回の仕事人ないしは?
途中からこの曲は、、、京本君の唄う挿入歌?又は主題歌になるなあ~。(と、プロデュ-サー)
と、いたく、その曲を気に入って頂き。。頑張ってレコーディングをした。
そして、これに関してはボクの歌入れも行ったのだ。
そして、、劇中用にアレンジも。。
その曲が。。。まさか(爆)

鍛冶屋の政のテーマと後に発表され、後にCD化までされようとは。。。人生と言うものはホントにおもろい!!←言ってる場合ではないが。。笑ってしまう。
そうなのだ!ボクは、つまり!竜は政のテーマも作っていたのだ。
う~~ん。。。真にややこしい。。。

 

ついでに言うなら。。壱弐参のテーマもボクの作曲、ファーストアルバムに入っている、愛した分だけ。。という曲をアレンジしたものだ。

 

タイトルは。。ひと夜花
シングルにするかもだったので。。。レコード化はされていない。
ひと夜花’86というのがあるが。。。
アレンジは全くの別物だ。←この時ボクは既に現在に通じるデジタル音楽に手を染めていた。(爆)←ホントにやる事だけは早い。
その前年に。。。必殺!マカロニウエスタンを意識、アレンジしたひと夜花が既に存在するのだ。(後にミュージックPVのみに使用されている)←まさにひと夜花だ!!(苦笑)

ややこしい上に。。。。ホントに世間に知られていない。
やはり、あの時のシンガーソングアクター
つまり、ライターがキャッチコピーから抜けたのが
いけなかったのであろうか????(爆)

 

しかし。。。ホントに成すがまま。。成されるがままボクの半世紀なのだ!!

 

今、こうして必殺だのパチンコだのと
世間の方が耳にしている時代が来ようなどと。。。
大雪の中、転びながらもテープを撮影所に持ち帰った少年(しかも、組紐屋の竜だ)は。。。
あの時。。。ただただ無我夢中であった。。。
無心の心の純粋な若者だったと思う。。。。(照)汗←自分で言うか(爆)
ホントに自分で言うのもなんだが。。。無欲と言うのは
時として。。。恐ろしい力を発揮する。

 

ボクは真摯だとか、無欲。

 

無我夢中。。。。という言葉が好きだ。だから。。。我という字が好きだ。
信じるものは自分の道のみ。。。自分が進みたいように進む。
どん欲が別に悪い事だとは思わないし、夢を見る事はいい事だ。
しかし。。。人生は狙ったから、必ずしもそうなるとは
限らないし、、未来には確固たる何の保証も何もない。
信じる道は自分の意志のみ。

 

人との出会いも運命次第。人を選ぶ、友を選ぶのも自分だ。
無我夢中。成すがまま、成されるがままに。。。
与えられた事を必死に、無心に、こなしてゆく。
こなす努力をするのだ。。
無心の心は。。今の時代、本当に難しい言葉になった。
時代は本当に変わったと思う。
だが、結果は後からついて来るものだ。
良いものは、やはり良いのだから。。!

 

正義が勝つには時間が掛かる(by 森田健作)

 

人生において一番大切なこと。。。
それは。。
人との出会いだとボクは思う。
人において導かれる。。。。

 

人との出会いは本当に最大の財産だ!!

 

大川橋蔵さんが居なかったら。。藤田まことさんや
必殺、高校教師や、家なき子。。に出会わなければ。。。
今のボクは間違いなく居ない。
。。。。あんみつ姫のリュウも居ないのだ。(微笑)

 

クラッシックカーを保有し、、日々愉しくも時に苦しい。。(爆)

 

今を有意義に過ごすボクなど。。居なかったのだと思う。

 

苦しみなどぬか漬けの中にホカしておけばいいのだ。。←by ちりとてちん
下手の考え休むに似たり。努力に勝る天才はなしなのだ!

ああ。。。又、、、語ってしまった(あはは)

 

 おやすみなり~

 

 

 

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「風に舞い上がれ」