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益々・・泥沼化スピーク。。5(爆)何じゃこれっ??編

投稿日:

ボクの姉は・・


フルートを習いたいと言い出したっ←小学校5・6年生の時だっ


それを聞いたボクの父は・・


姉には・・


かなり。。。。。。甘かったっ(爆)

 


「フルートを習いたいなら・・バイトでもして、楽譜のひとつも自分で手に入れろっ」←過去SPEAK参照

 

等とは・・


姉には一言も言わず・・(爆)

 

 


家にはグランドピアノ。。

 

そして・・姉は、フルートを習い・・←言っておくが、ボクの家は別にブルジョア家庭ではないっ・・父は魚屋さんだっ

 


がっ・・


姉は、かなり・・


実は・・自分の姉の話をするのも何だがっ汗

 

 


優秀な多才な人であるっ(汗)

 


姉は、小学校時代から走りは早くスポーツ万能。。勉強も良く出来た。

 

後に、大阪音楽大学に入学、そして卒業。


そして現在、姉の旦那様は大阪大学(阪大)院医学部の脳外科の医師であり・・ボクの義理の兄は、芦屋雁之介の脳手術を行った執刀医者でもある(汗)


ボクは、亡くなられた雁之介さんと生前、最後の共演をさせて頂いた時。(サントリーミステリー大賞・「時の渚」)


ご本人からご丁寧な御礼の言葉を言われた。←別にボクは全然何もしていないのだが・・(汗)

 


ちなみに、姉の上の子供。つまりボクの姪っ子は、現在・・京大。


下の弟・・つまり、ボクの甥は、・・・現在・・東大だっ←いやはや、怖い一家だっ←無茶苦茶、近い親戚だが。。(汗)


あっ!ちなみにボクの二つ下の弟は、慶応ボーイだっ

 


言っておくが、別に自慢では、ない。ボクの手柄は、ここにはなにもないっ。。。(爆)

 

 


でっ。。ボクは。。美大っ←ホントっ。。。よく分からん?家族だっ汗

 


姉は、、小学校からピアノを習い。オマケにフルートであるっ・・で、大阪音大へと進むと言う流れだ。


ボクは、この時代・・かなり自分の姉に対し、コンプレックスとライバル心を感じていたように思うっ


隣に、大学の助教授が住んでいたと前に書いたが・・


この方が(汗)かなり有名な方のようで??(汗)・・

 


実は、この大学の助教授のお隣の方が作詞をし・・


ボクの姉に「曲をつけて見ないか?」という流れに・・

 


ボクは、まだ小学校四年生の頃の事。


詳しい背景はボクには良くわからない?

 


がっ・・


ある日の事。


ボクの小学校。


何時間目かの授業をしている最中である。

 


教室のスピーカーから全校生徒に通達事項が流れたっ

 


「今から、京本○○(←姉の名前)さんが、NHKに生出演されます。」

 


ボクは・・うわっ←心の声。

 


実は、ボクの姉は・・その助教授さんの書いた詩にメロディーをつけ、それがどういう流れで?そうなったのかは??ボクが全く知らない内に・・

 


そうっ


姉は、ボクより早く・・


小学校六年生時代にテレビに出演し・・それもNHKで・・フルートを生演奏した人という訳だっ。(汗)

 


それを全校生徒が学校のテレビの前で見守る中・・


その見守る生徒の中に・・


弟であるボクはいたのだっ←ちょっと複雑な思いの少年時代のボク

 


大変喜ばしい話だった記憶ではあるの筈なのだが・・


何だか?正直、あまり詳しい事をボクは覚えていないっ

 


意外に記憶力の良い?ボクが覚えていないのだっ。。(爆)

 


多分、ひそかに対抗心なるものを抱いていたのか?

 


ボクは、日曜日の朝になると・・早くから、フルートやビアノを稽古する姉のクラシック音楽を奏でるレッスン。。

 


ピアノやフルートの音に悩まされる学生時代を過ごす事になる。とにかく、日曜日→ゆっくり寝たい。しかし・・うるさいっ(爆)

 


そのクラシックを蹴散らすかのように・・


ボクは、ギター。しかもクラッシックギターやフラメンコなどではなく。。。


世間で言うところのフォークソング。


しかもメッセージソングを作るでなく、決して字余りソングを作るでなく・・今でいうニューミュージック的な。。。


いや、この時代はまだそんな分野はないのだが・・


恋愛ソングを拙くも。。日夜作っていたっ(爆)

 


剣道や絵を描きながら・・


家では、ギターを片手に歌作りである。(苦笑)

 


その時代、ボクは既に大手芸能プロに声をかけられており。。

 


芸能界に顔を出しながらも(爆)、自身は・・ひたすらに作詞作曲に燃えていたっ←どうしてかは?全くわからんっ(爆)。


本当に何故か?って感じである。(苦笑)

 


多分??、姉=クラッシック。


芸能プロ=アイドル大全盛期。

 


世は「スター誕生」という番組からピンクレディの社会的ブーム時期に突入時期。


男性では、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎さんら・・御三家大全盛期であった。


ボクは、それに対してと何故か?逆行??。。。


反逆的とも言える行動。


自分の思い込みを。。。突き進んでいたっ。


「これからは、シンガーソングライターの時代だ!」という時代の読み。←何を考えていたかは、マジにわからんっ

 


スカウトされて芸能界に出入りしていたと言っても、ボクは。。。


まだ、只の中学二年生から高校三年生だったのだっ(爆)

 


この頃の・・


高校二年生頃の歌を・・


後に・・

 


笑福亭鶴瓶さんの番組で、ボクは思い出しながら・・弾き語りをしている。


大変拙くも。。。


このような楽曲。

 


いやいや、決して・・おとなしい歌ばかりを書いていた訳ではないが・・

 


現に、 ボクは高校二年生でバンドを結成している。

 


皆が、チューリップやアリスをコピーしバンドをしている最中。


ボクのバンドは。。

 


全てボクのオリジナルしか唄わない。(爆)


バンド名は。。。。


「京本政樹とトゥインクル」←ムチャ笑う名前だが。。

 


辞書を開いたとき、目を閉じて指を指した文字で決めようと


バンド仲間との合意のもと。。ボクは英語の辞書に指をさした。

 


ボクの名前が冠になっていること自体。。笑えるが。。


ボクの作った歌で全てバンドが成り立っていた為。。そうなった。

 


別に。。「内山田ひろしとクールファイブ」を目指していた訳ではない。。。がっ、、、、今考えると。。「敏いとうとハッピー&ブルー」みたいで。。


何故か。。。。。笑えるっ(爆)

 


そして、このバンドで文化祭や、のちに。。YAMAHAの主催するポピュラーコンテストに応募。。。。

 


この時の音源テープが。。レコード会社の目に留まり。。


ボクの人生は大きく変貌を遂げていく事になるのだから。。


世の中は真に不思議なものであるっ(爆)

 

 


ボクの作っていた音楽。
決して大人しめのメロディーばかりを作っていた訳ではないが。。
←バンドを結成するぐらいだからであるっ

 


ひとつ言えている事は。。。


世間で言うところの字余りフォークではなく・・

 


こんな感じだった。。。(爆)

 


貴重な音源。。。お聞き下されっ

 


又、発掘されてしもたっ(爆)。。。。

 

 


京本少年・・高校二年生時期、作詞作曲の歌。

 

>>Discography
“風渡る街”

 


拙い歌だが・・


ちょい手を加えれば・・


今でも使える気がするっ。←今のボクの感想だっ(爆)

 

 


おやすみなり~~スタスタスタ・・汗

 

 


益々、先が読めないスピークに・・


最早っ


事態は収拾が全くつかない。(爆)

 


SPEAKタイトルから。。。優美(エレガンス)は、

 

 


いつのまにかっ。。。。。???

 


消えたっ。。。。。。。。。

 


許せっ

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優美リバイバルの頃!4が、いつの間にやら?。。。音楽語りに?(爆)

投稿日:

優美リバイバルの頃の話をSPEAKしようとしていたボクは・・(爆)


いつの間にやら??(苦笑)


独自の音楽語りになっていた(爆)←脱線は常だっ。気にしないでくれっ(笑)

 



いやいや~~あはっ。。。。脱線ついでだっ(爆)


ボクの姉は二つ上で・・


姉がまだ小学校6年生の頃。ボクは同じ大阪の小学校の四年生だったと思う。←あたり前だっ


実は、ボクの家の隣に、ある大学の助教授の方が住んでいた。


そこの御家族に姉妹がおり、その下の妹さんは・・中学一年生の時、ボクの同級生。

 


つまり、まったくの同じクラス。


話は又脱線しているが(汗)


二階の窓を開けると、その同級生の女の子と鉢合わせに・・顔を合わせる事もあり(爆)。

 


まったく、森田健作さんの当たり役。



おれは男だ!の主人公・小林弘二と早瀬久美さん扮する吉川操とシチュエーションがクリソツだっ←二人はドラマの中でお互いの窓を開けては鉢合わ

せ。
顔を合わせては喧嘩という設定であった。(爆)


ひとつ大きく違うところは、僕ら二人は・・あまり話もした事がなかった。(爆)


話を戻して。。。(苦笑)


あっ!そうだっ!


脱線ついでに・・・


姉の同級生の男の子で、よく友人何人かと連れだって我が家に遊びに来ていた人がいる。もちろん、姉が目的なのだが←姉は、確かにあの頃モテモテであった。

 


ボクは、その内の一人の、姉の同級生だった男の子によく可愛がって貰った。


姉とは関係なく、その男の子の家に遊びに行った事がある。


お家に連れて行って貰ったボクは・・その男の子のお姉さんから、お茶を出して貰った。(微笑)・・

 


そのお姉さんという方が・・

 


KinKi Kidsの堂本光一君のお母さんだっ(爆)←光一君から、家なき子の映画を撮影中に聞いたっ

 


(光一君)あの~僕のお母さんが、家に遊びに来て、お茶を出した事があるって言うとるんです。


(ボク)ひぇ~~


ってな感じの事があった(笑)←世の中狭いっ(爆)

 

 

 


ついでに言うなら・・以前SPEAKで話したが。。。

 


姉は音楽大学出身で、その音大の姉の後輩に・・ボクの小学校3年生から6年生までの、まったくの同級生の女子がいる。


今でも交流があるっ


そのボクの同級生の子供が女優の松下奈緒ちゃんだっ!(爆)


ボクの中学の後輩に槙原敬之君、その親戚はローリー寺西君。

 


すぐ近所に、ロンドンブーツの田村亮君。


ついでに言うなら。。

 


ボクの小学校時代からの親友がいて。。


その友人と中学校で別の学校になったのだが。。←ボクが引っ越しをしたのでっ

 


その親友が中学になった時に作った親友が。。

 


嘉門達夫君だっ(爆)

 


何だか、芸能界・・右も左も親戚や知り合いばかりだっ(爆)


まだまだ。。実はいるっ


何なんだっ???


この環境っ????

 


でっ。。何の話をしていたか?しようとしていたのかも忘れたので。。。寝るっ(爆)すまぬっ


お詫びと言っては何だが。。


ボクが、いかに井上陽水さんの影響を受けて音楽を志していたのか。。。論より証拠だっ

 


今から5年前、ボクの25周年時に久々に音楽活動を復活させた8月のZepp東京での記念の苦悩ライブっ!。。。。

 

 


その締めくくりとして。。


クリスマス時には、12月24日、25日と二日間連続で。。


横浜インターコンチ、東京全日空とホテルをまたぎ。。


久々に大掛かりなディナーショウを行った時の音源があるっ


この選曲セレクトには。。


それまでボクが人前で唄ったことがない。。。。

 


自身が最も、音楽的に影響を受けた井上陽水さんの。。“帰れない二人”から自分の作った。。“身勝手なKiss~最初から泣いていた~”に繋がる構成部分がある。


“帰れない二人”は。。忌野清志郎さんと陽水さんの共作である。

 


“身勝手なKiss~最初から泣いていた~”は、ボクの作詞作曲をした歌だが。。その曲にも井上陽水さんの影響は色濃く出ていると言えるっ。←自分でも正直思うのだっ(爆)

 


と、、、、話を、うまく(笑)音楽に戻して。。。←えっ??

 


優美リバイバルの話は?冷や汗
ほなっ。。。。


後は、、、スタッフA君に任せるっ(ペコリ)A君、後は頼むっ(爆)


おやすみなり~


スタスタスタ。。。。
ジョギング

 

 

 

>>Discography

「帰れない二人」
「身勝手なkiss~最初から泣いていた~」

 

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方向が最早っ見えないSPEAK(爆)エレガンスの頃のつもりが??。。。3。。(爆)

投稿日:

今日は。。。

かなり。。。本当に楽しかったっ


ボクにもまだ。。こどもの日っ(爆)


好きなものに夢中になれる時間は大切だと思う(微笑)


サーキットの狼!池沢早人師さんと。

でっ。。。。ボクにとっての問題は。。。。(爆)

詩人・啄木など→竹久夢二→童謡→演歌→歌謡曲


まあ、かなり無茶苦茶大雑把過ぎる流れではあるが・・


この流れの中に、詩吟もあれば浪曲などもある訳で。。。(汗)

 


しかし、このような流れの中に逆らうように?いや逆らっていた訳ではないかもだが。。


いつしか、世間では学生運動などが活発化。


良い意味でも複雑な意味でも社会的問題を抱える日本。


世が世であれば。。明治維新の時代であれば。。


新.坂本龍馬だとか勝海舟の登場となっていたのかも知れないが。。


時代は、既に憲法に守られていた時代に入っていた。

 


しかし。。現在と同じく。。


人々にとっては、不甲斐ない思いが募る時代。


学生運動は盛んとなっていた。。。。。


そんな時代の最中に。。

 


海外では、プレスリー。ローリングストーズ。ビートルズなどが流行り。。


又、ポールモーリアオーケストラや、トランペットで有名なニニ・ロッソ。というムーディーな心地よいメロディーが人々を魅了する。


そして、カーペンターズなどの流れが日本にも押し寄せるのだ。


日本では、この時期、演歌が衰退し。。海外音楽の影響にともない。。時代はポップス歌謡曲の時代へと。。。。


そこに枝分かれするように。。


プレスリーは→ロカビリー。


ビートルズは→グループサウンズ。


皆、若者は長髪にラッパジーンズ。(パンタロンと言った)(爆)そして皆、ロンドンブーツを履いていた。←わかるかな?(爆)


でっ、エレキギターを抱え。。グループサウンズと言う流れの者。


グループサウンズに傾倒をしなかった?


もしくは独自のメッセージを歌に託した若者達はフォークソング。


反戦運動→ギター→フォーク。

 


そのフォークにも枝分かれがあり。。いや、正確には途中からか?


いかにも反戦ソング的な流れの歌を発表し続ける者もいれば。。


チェリッシュや、後には・・かぐや姫、アリスなどの。。いかにも私的な恋愛感や私小説的な物語を歌に託したロマンチックな流れを模索していった者もいる。。


例えば。。吉田拓郎さんや、泉谷しげるさんの、思いっきり字余り的なフォークもあったり。。


井上陽水さんも、初期の頃は・・どちらかと言えば早口で唄う流れの方であった。”氷の世界”、”傘がない”などは・・その反戦ソング→フォークソングの流れから。。


陽水さんの場合は、傘がない。。などを発表されている。


都会では色々と事件が起こっている。テレビでは、あんな事、こんな事がニュースになり流れているが。。


だけども、僕に問題なのは。。


彼女に会いに行きたいんだが・・問題は、僕の問題は・・傘がないっ


かなり又大雑把だが・・要約すると、このような内容。


しかし、この要約を・・意味をそのまま受け取ってはいけない。


所謂、このような詩の裏返し・・つまり、深く陽水さん的に、社会、世相を皮肉った独特なセンスで歌にした才能の持ち主であると、、、


中学三年生の頃の僕はグッと来てしまった訳だっ(爆)


この流れは。。この時代において「三無主義」なる流れから出てきたのだと思う。


学生運動するも時代を変える事は出来ない。


反戦運動をした若者は次々に検挙をされていった。。


そうした社会の流れを見つめていた若者は。。


見ざる聞かざる言わざるっ


自分には関係ないっ!と、時代を皮肉り。。やや怠惰的な表現をする若者が増えてきた時代となった。


俳優においても、ショーケンさんや水谷豊さんなどの大ヒットドラマ、「傷だらけの天使」に代表されると思う。若者は皆、虚無であるといった表現の時代に傾倒していった。。。


この虚無感、怠惰な感じ=アウトロー的イメージ。


時代劇においては、木枯らし紋次郎の名台詞 「アッシには関わりは、ござんせんっ!」であるっ(爆)


これらのドラマは、今でこそ伝説。名作と位置づけられている。。


確かに名作である事に違いはないのだがっ。。


実は、あの時代において。。


いきなり凄い視聴率をはじき出したドラマでは決してないのだっ


それらは、ある一部の若者達の間。


又は時代劇ファンの間での。。始めは、ひそかなるムーブメントであった。。


時代の流れと共に。。。徐々に徐々に噂が噂を呼び。。


いつしか。。現在においては。。伝説、カリスマと呼ばれる名作となっていったもので。。。


やはり、時代が時代を呼んだと言う産物なのだとボクは思う。


現に、、現実は。。時代は所謂、反戦フオークから徐々に変貌を遂げて行った。。。


先の、井上陽水さんは、“心もよう”という歌を大ヒットさせる事になるのだ。

 


その内容は。。。


決して、字余りソングなどではなく。。


美しいメロディーラインに独特なセンスの感性に満ち溢れた恋愛ソングであった。


丁度、同時期に小椋佳さんや、チューリップ、かぐや姫、アリス。もう世の中は・・本来、反戦ソングから発展、発信したはずの音楽が一様に皆、一転をし。。


若者の繊細な恋愛図。繊細な心の襞(ひだ)を・・こぞって皆シンガーたちは表現をする。


歌にし発表をすることとなって行く。。。。


所謂、売れ線曲。。。ニューミュジック路線の片鱗、誕生であるっ


この変貌の形に大きく拘わる存在。。


荒井由実さん(現・松任谷由実さん)の出現が非常に大きいのでは?と、ボクは思うのだっ。


ユーミンさんの作られる歌は、本当に何もかも洗練されていた。


同じ反戦?時代の悲哀?ソングと位置づけられる歌?


バンバンに提供された、”いちご白書をもう一度”という歌にしても。。


覚えやすいメロディー。。グッと来る表現方法。盛り上がる技法のアレンジやメロディー。。。


この時代において。。本当に飛び抜けたメロディーメーカーであり


詩的表現者の出現であったと思う。


凄いっシンガーソングライターの鮮烈な出現っ


この流れは、石川啄木時代・・から竹久夢二のロマン派に移り変わる様と・・


あくまで、ボクは似た流れのように思う。

 


実は、ボクは学生時代・・啄木の詩に、又竹久夢二の書いた詩に、勝手に(爆)曲をつけて歌っていた事があるっ(苦笑)


でっ・・


その頃、歌謡界は?と言うと・・一世を風靡したグループサウンズが、一気に衰退し。。


郷ひろみさんなどの「新・御三家」。山口百恵さんなどの「花の中三トリオ」真っ盛りとなっていた。


グループサウンズの衰退。。


彼らは、皆が皆。。決して自作の歌を発表していた歌手ではない。


一番人気だった存在。ザ・タイガースでさえ。。


バックボーンには大手芸能プロが存在し。。


すぎやまこういちさん等の天才作家が、その全てに等しい主だった
楽曲を提供していたのだ。

 


つまり、彼らはグループと言う名の元の。。「アイドル」であった。


その彼らが。。人気と共に。。自身での自立を考え始め。。


自身で歌を作り出すとと共に。。


人々の熱狂は。。


時代のムーブメントは終わりを遂げた。


グループ=自作曲を発表している存在?というイメージが。。


その実は。。本当はアイドルであったのだ。


という存在が、モロにアイドルという存在に移行していっただけだの結果だとボクは思う。


グループサウンズに火がつき始めた当初は、ザ・スパイダース、ブルーコメッツなど。。


本来は、現在におけるシンガーソングライター的に、自身で自身のプロデュースが出来ると言う力を発揮する存在であった。


スパイダースからは、後に大手プロダクションとして大成功を収める事になる田辺さんの元、堺正章さん、井上順さん、かまやつひろしさん、後の大人気刑事ドラマ主題曲、「太陽にほえろ!」の作曲や演奏で。。又は沢田研二さんのバックミュージシャンとして大活躍をする大野克夫さんや、井上尭之さん達などがいた。←今、改めて考えても、かなり驚く顔ぶれのバンドだっ
ブルーコメッツにも。。残念な事に、もう亡くなられてしまったが。。


井上大輔(元、井上忠夫)さんや現在、紅白歌合戦の指揮をされている三原綱木さんなどがいる。


井上さんは、”ブルーシャトー”など。。グループのヒット曲を殆ど自身で作られ。。歌を唄われていた。


立派なシンガーソングライターであり、、後に作曲家として。。


フィンガー5の曲など大ヒットメーカーとなる方だった。


これらのグループの出現に触発されて出てきた後の。。数々のバンド。


次々にデビューする、多くのグループの出現により。。


所謂、グループサウンズブームは起こるのだ。


その中で。。


結果、一番大人気になったのが沢田研二さんがボーカルであった


ザ・タイガースである。


しかし。。

 


彼らは、そもそも先のグループとは違い。。


シンガーソングライター活動のグループではなく。。


大手プロダクションが発掘、又は作ったアイドルグループであった。

 


しかし。。人々は、それらのグループをひとまとめにして。。


グループサウンズと呼んだのだ。


つまり、自分でセルフプロデュースし歌を作り唄うグループも。。大手プロダクションがプロデュースをし、作家が歌を提供し唄うグループも。。全てをひとまとめにして。。


グループサウンズと呼んだのだっ

 


人々は。。その厳密な、大きな違いには、殆ど気付かなかったのでは?と思う時代である。←と、あくまでボクは。。。思うっ(汗)

 


そして。。

 


次第に。。かなりの勢いで、ブームは終わりを遂げ、幕を閉じたのだ。

 

 



その頃。。


そんな時代の流れを横目で見ながらも。。


ボクは、陽水さんや小椋佳さん。さだまさしさん。そして。。オフコース(小田和正さん)などに夢中であった。

 


ボクは、寝ても覚めてもギター少年となっていたのだっ(爆)


その時代に。。


ボクは最大大手芸能プロからスカウトされ、芸能界に少し足を突っ込む事にはなるのだが。。

 


ボクは。。。


あくまで歌謡曲、流行歌に傾倒をしていた。


決してメッセージソングではなく流行歌(はやりうた)。。

 


しかも。。それらを自身で歌を作るのだと言う。。シンガーソングライターであるという存在が。。。


これからの時代を作るであろうという事に既に気付き始めていたボクがいたっ。。←まだ中学生の頃のボクだったっ(爆)

 


つづく←このやり方にかなり慣れてきたボク(爆)←すまんっ←いったい?何をSPEAKしたいのか?

 

 


最早っ。。。。。

 


。。。。方向が見えなくなったっボクっ汗

 

 

 



ゴールが。。。。。見えないっ汗


寝不足は大敵だっ(爆)


ボクにとっての問題は。。。


最早っ。。。寝る事であるっ(爆)


おやすみなり~スタスタスタジョギング