Speak

追憶。。。優美、ホントにリバイバルだっ(爆)。。完

何日か前の。。。


SPEAKのこれが。。本当に続きだっ

 


まったく。。話が逸れに逸れまくり。。。。


どうしようも収拾がつかなくなっていたSPEAKだがっ。。。(爆)

 


寧ろ。。。訳詞の話から。。。ここに来れば話は終わっていただけのものを。。。

 


ややこしいくらいに。。。。

 


話を引っ張っていただけの結果になって、すまないっ(苦笑)

 


ボクは。。。ある仕掛けをした。


「優美リバイバルコンサートツアー」に。。

 


シルクハットに白いコート。。スーツにネクタイ。

 


まるで、、、アルカポネ。。。←マフィア(爆)

 


の、出で立ち。。。。

 

 


そのコンサートにと思い。


ある仕掛けをしたっ。。。


と、書いたっ。。。。

 


引っ張るだけ引っ張ってしまったので。。


皆さん期待が大きくなってしまっているように思うので。。汗

 


先に行っておくっ

 

 


すまんっ。。。


そんなに大したことではないっ。。。。汗(ペコリ)

 


学生時代に。。。。


一度だけだが・・


ボクは、布施明さんのコンサートを聞きに、京都会館に出掛けた事があるっ


当時は、ジュリーこと沢田研二さんと、布施明さんの人気は凄まじいものであった。


布施さんは、以前にも書いたが・・


大ヒット曲。


あの小椋佳さんが書かれた、”シクラメンのかほり”以降。。


椅子に座り・・ギターを弾きながら歌い上げられる姿は、定番となられていたが・・


元々、本当に歌の上手い布施さんではあったが・・


シクラメン以前までは、かなりイメージが違う歌手の方であった。

 


スクールメイツ→青春ドラマの主題歌や平尾昌晃さんの歌を歌われたり・・”霧の摩周湖”や、川口真さんの曲・・”積み木の部屋”や・・


とにかく、”愛は不死鳥”等々・・


様々なヒット曲があるにも拘わらず・・


“シクラメンのかほり”からの布施明さんは変わった。

 


そう・・


どこか理知的で・・


繊細で・・


ボクのいう、非常にシンガーソングライター的な雰囲気を醸し出されるようになったと思う。

 


らしさだけでなく・・


あの時代。


どちらかと言うと・・それまでの、「平尾メロディー=布施明」という世間のイメージから一転された。

 


単に、それはイメージだけでなく・・


この時代。

 


つまり、”シクラメンのかほり”の後からは、布施明さんは、随分と自身で歌を作り唄うと言ったシンガーソングライター活動を盛んに精力的に行われていたのだっ


“落ち葉が雪に”


という歌を覚えておられるだろうか?

 


シクラメンのかほりのすぐ後にリリースされた布施さんの歌で・・


CMソングにも使用されてヒットした歌だっ


ボクは、実はその歌が大好きで・・


しかし、その歌を初めてテレビで聞いた時。


ボクは、おそらく小椋佳さんがまた布施さんに提供した曲ではないか?と思っていた。


がっ・・


何と!!


蓋を開けて見ると・・

 


御自身で作られた歌だとわかり・・


ボクは、かなり驚いた記憶がある。


それからだっ


ボクは、布施明さんの作られる歌に、かなり興味を持ち出し・・


遂にコンサートを見に行く訳だっ


しかし・・


現在のボク同様。


布施明さんや、沢田研二さんが歌を作られていた事を語る人。


彼らも実は、シンガーソングライターであると理解を示す人は本当に少ないと思う。


本当に「イメージ」の打破は・・難しいと感じる。


逆に、歌を作らない訳ではないが・・


稲垣潤一さんなど・・


本当は、人に提供して貰った歌を唄われているシンガーである方が・・


意外にも?


世間では、シンガーソングライターである?と言った「イメージ」の逆パターンもあるのだ。


まことに・・


「イメージ」とは・・


それを転換と言った、、展開が非常に難しいと痛感する。


最近は、頭から戦略として成功をしている福山雅治君のような存在も出ては来てはいるが。。。


一度、イメージを付けてしまってからの打破は。。。(汗)


いやいや本当に中々難しいと感じるっ。。。今日この頃であるっ

 

 



で、実は・・


その布施さんのコンサートを拝見した時。


布施さんが・・


御自身で海外の曲に詞を付けられ・・唄われていたのを聞いた事があったのだっ・・

 


有名な歌には、”マイウェイ”があるが・・


これは、別の方による訳詩である。


訳詩については、前に語った通りである。


直訳や翻訳とはあくまでも違う。


ボクは、その布施さんを思い出し。。「優美リバイバルツアー」の為に。。。


ボクの好きだった映画音楽。


“追憶”という曲。


1973年 のアメリカ映画で主演はロバート・レッドフォード


原題 は、 “The Way We Were” という


バーブラ ストライザンド(BARBRA STREISAND)が、唄った


追憶のテーマ曲である。

 


ボクはっ。。。。


この海外の歌に訳詩をつけてみたいと考えたのだっ←これが、仕掛けだっ

 


すまんっ


こんなに引っ張る話ではなかったっ(爆)


ボクは、この”追憶”のメロディが大好きであった。

 


他には、カーペンターズの”SUPERSTAR”や、ビートルズの”THE LONG AND WINDING ROAD”、”MICHELLE”などであろうか(微笑)


とにかく、ボクは当時良く聞いていたのだっ


その中から・・


ちょっと趣向を凝らし。。

 


“追憶”に訳詞をつけてみようとボクは考えたのだっ


自分なりの解釈で曲からのイメージで詩を書いてみようと考えたのだ。


現在と違い、当時ボクは・・コンサートで自分の自作以外は絶対に人の歌を、例えメロディだけであっても歌った事がなかった。


当時を良く知るファンの方には、ボクが他人の作ったメロディなりを歌う姿は、本当に画期的な仕掛けであったのだっ(爆)←がっ。。今は普通な出来事かっ・・すまんっ

 


引っ張り過ぎたっ



まあ、ボクが”追憶”に付けた詞だっ

 


アップしておくっ(爆)。

 


あっ!


この当時・・


丁度、映画「塀の中のプレイボール」で、草刈政雄さんの元同級生で野球部の仲間。→オカマバー勤め。→刑務所という役を演じた事がある(爆)


安部譲二さん原作の塀の中のシリーズ第二弾であった。(汗)


オカマ役っ(汗)←全くの爆だっ

 


いやいや、今となってはオモロイ思い出である。(爆)


その映画の中で・・


ビアノでボクが弾き語りをするシーンと言うのがあった。


現場で監督に・・

 


「”追憶”ってどうですか?」と話したら。。。


ボクの書いた訳詩は・・


そのまま採用されたっ。。。。。

 


がっ・・


ボクがあの訳詩を担当した本人である事は、世間では誰にも知られてはいない。(爆)


とにかく・・


作詞や作曲をする作業は楽しいが、頭が・・


大変な労力がいるっ。。。。。。

 


それは・・今、活躍しているニューミュージックシンガーと双璧なのだっ


「パチンコCR必殺」でも、「必殺仕事人2009」でもボクの作った楽曲は、ガンガン使われている。。がっ・・世の中には、ほぼ知られてはいないっ・・(汗)


いつかは・・


報われる日が来るのだろうか?

 


報われたいと願い・・

 


いやっ。。

 


きっと報われると信じ。。。。。。

 


もう50歳まで来てしまった。汗(爆)

 

 

 


おやすみなり~~

 


優美リバイバルの頃。。。

 


完。

 


まさに。。。


“追憶”になってしまったっ(爆)←いやっ。。このオチをやりやかっただけかもしれんっ(爆)←許せっ

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