Speak

乱入Speak!優美と書いてエレガンス・優美リバイバルの頃。。(爆)

投稿日:

GW皆さまいかがお過ごしですか?

ボクはといえば、、、

移動、移動の毎日で、、、

ふと携帯に思いついたことを記録していたら、、、

Speakを書いてしまったっ。。。(爆)

 

もう、、、こうなればクセだっ(爆)!!

突然の~愛(Speak)は迷惑(名作?)でしょうか~♪♪♪byあべ静江

 

沢田研二さんと言えば・・ジュリー~~と、樹木希林さんがポスターに向かって叫ぶ姿がテレビドラマで一種のギャグとして、一斉風靡をした昭和の時代があった。


今の若い方にとっては・・


??と言う方もおられるかも知れないが・・


あの時代、今でいうビジュアルの最先端を走っていた方は、まずは何と言ってもジュリーをおいてなかったのだっ。←次ぐらいは。。。ボクだっ(爆)

 


ボクの出世作品となった「里見八犬伝」も。。


前年度の映画、「魔界転生」が大ヒットした事により生まれた企画であった事は間違いないと思う。


ボクは、今となっては・・(苦笑)


最近。。「京本さんの魔界転生、拝見しましたよ~」等と、魔界転生と八犬伝をごちゃ混ぜにされた発言をされる事が多い・・(爆)←勘弁してくれっ

ただ、あの時代において・・今考えてみれば・・


確かに、最初でこそ・・そんな気持ちはなかったとは思うが・・


「魔界転生」と「里見八犬伝」。同じ深作欣二監督が撮られた映画に出演し、その映画が出世作となり・・それがきっかけとなり必殺仕事人として世の中に躍り出る事が出来たボクは・・


やはり、ジュリー(沢田研二さん)を少なからず意識していたと思う。


日比谷野外音楽堂などの大ステージを経たボクは・・


現代劇が中心になって行った時期という事もあったのだが・・


それまでの長髪スタイルから一転。


普通の短髪ヘアースタイルで過ごした時期がある。


もう・・この時代のボクの現代劇でのヒットドラマを語られる事は・・1993年に大ヒットした社会的ムーブメントをも巻き起こしたドラマ。「高校教師」以降・・殆どないっ(苦笑)


以前、スピーク(過去SPEAK参照だっ)でも何度か書かせて頂いたが・・大ヒットドラマに出会う事は、大変、光栄且つ幸せな事であると感じると共に、俳優としては・・かなりの覚悟?というか・・本当に大変な事なのだっ(爆)。


その後の脱皮というものに皆、大変な苦労を強いられるっ


いやいや。。話を戻すが・・


ある日、沢田研二さん関連スタッフの方の御誘いで・・ボクは、東京青山にある、あるクラブでの沢田さんのパーティーに出席させて頂いた。


その時代、世の中においては。。


テクノブーム真っ只中。世の男性たちは、右を見ても左を見ても刈り上げ。所謂テクノカットと呼ばれるヘアースタイルが流行しており。。。


それまで、超ロングヘアーをしていた沢田研二さんも一時は刈り上げにされていたのだが・・


時代を常に先読みされる沢田さんは、さらにその先を読まれていたのか?


刈り上げから・・短めだが、非常にエレガンスなヘアースタイルに。。。


ファッションリーダー、それまでの斬新っ!時に奇抜とも言える?


(失礼ペコリ)形から一変し・・

 


タキシード姿にフラメンコギター等を取り入れた・・エキゾチックス?多分、そんな名前だったと思うが・・皆一様にタキシードにオールバック、少し前髪パラリと言ったヘアースタイルにメイクを施し。。。沢田さんもバンドメンバーも全員である。


ベーシスト、吉田健さんもメンバーの中にいらした。


クラブで、軽く演奏をし唄われ、、、もてなしをされた後・・


ボクの座っている席に挨拶に来て下さった沢田研二さんは・・まさに、ボクにとっても(笑)


ジュリー~と叫びたくなるぐらい大人っぽくエレガンスで・・まるでアルカポネ(爆)。


アルカポネだとか、ボルサリーノ等と言っても若い方にはわからないかも?だがっ(苦笑)。

 


とにかく・・


ボクは・・


あっ!


これだ~


頂きっ~

 


等と興奮し、自分のその後の自身のテーマを見つけ出した思いで興奮した思いをした事を思い出す。

 


丁度、ボク自身の俳優業が時代劇から次第に現代劇に移行していた時期であり・・


それまで、頑なと言うより(汗)


寧ろ・・以前SPEAK(参照)で話したように。。(爆)

 


ボクは無精から髪を伸ばしたままという意味合いの長髪スタイルの方が比重、理由が非常に大きい。


短髪のキープは、かなりマメに切りにいかなくては、キープが難しいではないかっ(爆)。


そんな無精だが、ある意味・・


非常に単純でもあるボクは。。。


すぐ様、髪を切り・・音楽作りの方向性も、それまでの何が何でもロックという志向から一変。


そして・・ファッショナブルスキャンダル、How Much I Love You、恋が逃げて行く。。等の曲は生まれる訳だ。(爆)


この頃、ジゴロだとか(笑)娼婦のように・・等と、ある意味非常に嫌らしく(爆)


大人っぽいフレーズの数々は、こう言った影響から、どんどん発展、発想をした結果でもあり(笑)。。。


いやいや・・またもや、まねぶ精神(過去スピーク参照)は、こう言った・・まだ27歳当時に、ボクを変貌させていた訳であるっ(爆)

 


後に、沢田研二さんにお聞きしたところ、沢田さんは、デヴィッドボウイの影響をかなり受けられたらしい。。


やはり、皆・・この世界。真似る→学ぶ→まねぶ。なのだっ(爆)

 


でっ・・


ボクは、コンサートタイトル。


自作の曲名やアルバムタイトル。全てをセルフプロデュースしているボクは・・


次のconcertツアータイトルを優美と書いてエレガンスと読ませ。←出たっ。。ジャニーさん的発想っ(爆)


優美リバイバルと名付けた。


エレガンスリバイバルでは、


白いコートを羽織り・・まるでアルカポネの如く・・シルクハット姿にスーツ、ネクタイ姿のボクがいたっ・・(笑)

 


アルカポネとは、所謂・・歴史上で有名なマフィアのボスの名前である。映画の題材に当時よくされた有名な人物であるっ

 

 


でっ。。


コンサートの方向性も変貌を遂げたボクは。。


それまで、まったく。。ほぼ自作(全作詞作曲)以外コンサートで
の選曲にはなかったのだがっ

 


ある仕掛けを施す事になるっ。。。

 

 

 


つづく。。。

 

 

 


引き続きGWライブ&ディナーショウをお楽しみください~。

 

 

 


おやすみなり~スタスタスタ。。ジョギング


元RCサクセションの忌野清志郎さん。


また偉大なる方が一人、この世を去られた。


2004年、ボクの「苦悩ライブ」の年のクリスマスディナーショウを覚えてらっしゃるだろうか。


井上陽水さんの「帰れない二人」という、ボクが学生時代多分に影響を受けた曲を歌わせていただいた。。。


実はこの曲は陽水さんと清志郎さんとの共作。


忌野清志郎さんというお名前を、この歌によってボクは知ることができた。


清志郎さんとは、残念ながら直接のお仕事の接点はなかったのだが、、、


実に多彩なロックアーティストであり、偉大なパフォーマーであり、また同時に繊細なる感性をお持ちの方だったと思う。


心よりご冥福をお祈りします。

Speak

どうせなら・・あの伝説の?ライブに連れて行ってやるっ(爆)

投稿日:

ゴールデンウィーク特別企画。


喜んで頂いているようで何よりだっ(微笑)

 


最近、続々と発掘されている当時の自分の貴重な音源などを聞いていると・・


何故にこんなに?というぐらい(汗)コンサートや、ディナーショー又はライブのみと言った未発表曲。。。

 


つまり、後にレコーディングはおろか(汗)レコード化、CD化も一切されていない楽曲が多いっ。←それっきり歌っていないっ(爆)

 


いや、本当に異常に多い。(爆)←しかも、本人のボクさえ忘れてたっ

 


正直、まだまだあるっ汗

 


つまり、そう言った曲たちは・・

 


皆様が感想をそれぞれ聞かせて下さるように。。

 


時に、当時。。

 


そのコンサートなり、ディナーショーに来て下さった有難いファンの皆様が目撃されていたものや。。。


又は、最近のボク。

 


俳優、時代劇としてのボクしかご存知なく・・まさか(驚)俳優である京本政樹が・・シンガーソングライターだったのっ?!


しかも、こんなにレコーディングをし、コンサートやディナーショーをしていた時期。おまけに人にプロデュースまでもしていたのっ?!!


等と驚かれている話を。。


羅刹那サイト上のみの感想だけではなく。。


実際、ボクの仕事現場などでも、最近自身の耳に入る現象が起こっているのだっ。。。。←ホントよく人に聞かれるようになった。


これらの現象に遭遇する度。。


30周年で超ハイパーリューアルを施した、オフィシャルサイト進化計画に着手をした甲斐があるという事を感じる。


日々、サイトをマメに覗いて下さる皆様に感謝すると共に・・


スタッフA君っ


本当に感謝だっ(ペコリ)ありがとうなり~


でっ・・


どうせなら・・


ディナーショー雰囲気を感じて貰うだけでなく。。

 


元々からの原点。←はディナーショウは、寧ろボクの葛藤の後の産物だっ


元々どうやって??


ボクは、シンガーソングライターとして羽ばたいて行った


時期があったのか?という軌跡。

 


ボクがデビューアルバム、「ラブレーの15分」発売と同時に。。


音楽少年から青年に成り立て?の京本政樹が。。(過去スピーク参照)

音楽を志していたはずのボクが。。汗


何故か?


歌う青春スター?になるはずのボクが??(爆)(過去SPEAK参照2)


何故か?

 


何故?こうなるのっ??


と言った時代。。。。。


つまり、銭形平次の魚屋さんであったり。。(苦笑)

 

 


なかなか、レコードを出させて頂ける状況に到達出来なかった時代を経験していたボクが。。


角川映画 「里見八犬伝」に出演と同時に。。

 


シンガーソングデビュー、レコーディングが決まり。。


ある朝起きたら。。。


何で??

 


と、自分でも。。まったく??????ってぐらいに。。(爆)

 


キャーキャーとした当時女子中高生のファンの方々の黄色い声援を受け。。

 


正直、嬉しい(微笑)と言うより。。??

 


どうなったの???


なんでこうなってるの??

 


と言ったぐらいの目まぐるしい環境の変化に戸惑っていたボクが居たのだっ。(苦笑)

 

 


ボクは。。。13歳ぐらいでスカウトされてから。。


23歳ぐらいまで。。。随分と、ノラリクラリとただただ流れに身を任せ。。10年。


別に苦節十年と言う感じではなかったが。。


とにかく。。そこまでが、まずはボクの場合。。やけに長かったように思うっ


当時、新宿のルイードというライブハウスは、


シンガーソングライターならば、誰もが憧れた場所であったと思うのだっ。


名前を聞いた事がある人は多いはずだっ


ボクは、「里見八犬伝」の大ヒットと同時に。。

 


ビクターインビテーションレーベルから。。←サザンと同じ←ほぼ同期(爆)


当時のボクと同年代のアイドル歌手のデビューとは一線を引いたデビューの仕方をボクはしたっ。

 


全10曲を全て自作詞、曲による、いきなりアルバムデビュー。。


まさに。。シンガーソングライターデビューだっ

 


それまで、、


何年も時代劇を中心に活動してきた、どちらかというと地味目な無名に近かった俳優修行、活動をして来たボクが。。。


デビューアルバムの販売促進も兼ねて企画されたライブをする事になる。


東京のルイード、大阪のバーボンハウスといったライブハウスで


デビュー記念ライブを行う事になったのだっ。

 


でっ。。。

 

 

 


いざ蓋を開けてみれば、、、


キャパ300人の両会場に。。。

 


2000人以上のファンの方々が詰めかけ。。(驚)

 


急遽、300人の座席を取り払い。。

 


1000人、1000人と言った具合にファンの方々を整理し。。分けて。。

 

 


もう全くのすし詰め状態。

 

 


マッチ棒状態にファンの方々を詰め込み、ライブを一日に二回強行実施をしたのだっ!!!

 


いやいや。。ボクが仕切った訳ではないがっ(爆)

 


ボクは。。相棒のノアと一緒に小さなライブハウスの楽屋の片隅で

 


初めてのバンドを率いたライブにドキドキと緊張をしていた。。


と、思う(爆)

 

 


どんな状況になっているのか?


想像もついていなかったっ。。。


そして。。ライブ本番は始まったっ

 

 


がっ。。。

 


あまりにも人が集まりすぎてしまったため、、、

 


ボクは。。。

 


声援の中。。


何を歌ったのか?


どんなトークをしたのかさえ覚えてはいなかった。(爆)

 

 


ただただ。。観客がギュウギュウ詰め状態。

 


呼吸出来ない程に。。

 

 


とにかく。。。暑かった事を覚えているのと。。

 

 

 


終了後。。。


ルイードからノアと共にライブハウスを飛び出し。。

 


移動車までの距離を走った記憶が残っている。

 


すぐ後ろから、、、2000人以上のファンの方々が。。


ボク等二人を追いかけてくるのだっ

 


昔のライブハウスだっ

 


楽屋口などと言うシャレたものなど一切なかった。

 


走り逃げ切りながら。。相棒であるノアが。。

 

 


(ノア)オレたち大変な人気になっているなああ


(ボク)どうするノア??・・・・・・・・・・・・・・え?オレたちっ???


等と。。かなり能天気な会話をしていた事を思い出す。(爆)

 

 


そんな訳で。。。

 


なんと両会場ともその後一切出入り禁止となったのだっ!!!

 


「もう何が何だか??」

 


と言った。。。

 


本当に。。

 


「何で???」

 


と言った具合のライブを。。。

 


どうぞっ(爆)

>>Discography

「1984.6.2 伝説のファーストライブ in 新宿ルイード」

 

 


本当に世の中。。


便利な時代となったものだっ

 


こう言った。。音源での浸り方も

 


一種の


タイムスリップ感覚を味わえる。


詳しくは、、又徐々にSPEAKさせて頂く。(爆)

 

 

 


ゴールデンウイーク。。


じっくり、


ライブなり。。。ディナーショーなり。。弾き語りなど


楽しんでおいて下されっ

 

 


但し。。。


このデビュー記念ルイードライブは。。


うんっ???というぐらい。。


皆様の声。。。???


当時のボクのファンの方々の悲鳴にも近い、歓声や声援で。。

 


もう、、、


何が何だか。。


分からない状態だっ。。。

 


当時23歳のボクの?????????


と言った心が少しは?分かって貰えると思うのだがっ(爆)

 


ボクは。。。


本当に。。


朝起きてみたら。。。


時代劇少年から。。変貌。


ジャニーズの現在の皆のように。。。

 


ちょっとした。。。


アイドルになっていたっ(爆)

 

 

 

 


ちょっびっと、ボクもお休みを貰うっ

 


いやっ。。仕事はあるのだがっ。。。SPEAK休みだっ(苦笑)


楽しんでおいて下されっ。。

 

 




おやすみなり~スタスタスタジョギング

Speak

おこんばんはっ。。。。。ディナーショウに連れてってやる(爆)

投稿日:

朝から。。。


又、新幹線に乗って行ってきたっ


久しぶりに。。。


ユンソナにも会い。。

 


昨日、韓国から東京に戻ったそうなっ


本当にお母様になられて八ヶ月との事だが。。


本当に幸せそうで良かったっ(微笑)


松村邦洋君も、良かった。嬉しい

 


この世に居てくれて。。


本当に良かったっ

 


上沼さんは、本当に面白いトークをされる。


ついつい聞き入ってしまい。。


観客席状態にいるボクがいる。(爆)


兄弟(柳沢慎吾)や、アニキ(森田健作)と居る時のボクとかなりテンションは違うが。。。


どちらも正直なボクだからいいのだっ←どちらかというと無理しているっ???(爆)


地獄旅での身体の筋肉痛がとれないのだっ←なぜ筋肉痛???

 


でも、最近。。。正直。。。


上沼さんと居るときの方が。。。


妙に落ち着くっ


ホッとする自分がいるのだっ。。。

 

 


もう。。。


テンションを無理に上げられる年ではなくなってきたのか?

 


妙に、、、、


居心地の良い。。

 


怪傑えみちゃんねる(爆)

 



おやすみなり~スタスタスタ。。。ジョギング

 

 



本日のSPEAK、、、非常に、、、シンプル。。。

お詫びのしるしといってはなんだが、、、

ボクからゴールデンウィークを楽しんでらっしゃる皆さんにプレゼント←羅刹那スタッフA君に頼んである。

PCを開ける人、、、楽しみにしておいてくれ。

クリスマスディナーショーやサマーディナーショーというのは聞いた事があるが、

ゴールデンウィークディナーショーってのはあるのかなあ???

でもいいぞお羅刹那サイトのディナーショーは、、、

タダだっ(爆)

 

 

>>Discography

「1988 大阪新阪急ホテルディナーショー」